亀と龍が海に住んどって、龍はいつも天に昇るが、亀は天やなんかい(なんかには)昇ったことがないで、亀が
「わしも、いっぺん天に昇ってみたいが」いうて言うた。それで龍が
「そがぁなら、わしが連れて昇ってやるけぇ。わしの尻尾へしっかりさばって(つかまって)おれ」いうた。
亀が龍の尻尾を口にかんで、つかまっておった。そうしたら、龍が、ひどい雨降りに、雨が天から続いて下へ落ちるようなときに龍は天に昇るんだいいよるがな。それで、亀がその龍の尻尾につかまって、もうちょっとで天いうところで、
「もう、天に着いたけえのぉ」いうたら、亀は喜んでなぁ、
「わあ」いうたら、口から尻尾が離れて、下の海に落ちたで、それから、亀の甲は上と下の二つに割れたそうな、いうて聞いとるだがな。
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昔にゃぁ、このまわりにも、いっぱい狐がおった。この近くに狐屋敷があるだが、この話のあった折にゃぁ、狐屋敷たぁいわだった。そこに、独り者の男がおって、妻も持たず、ほんの小さい家に、一人暮らしておった。
男は、としまえ(年末)になっても誰もきて(来客)はなし、出ていっぱい飲んだりして帰ろうと思うて、町へ出た。
ところが、日が暮れて、帰りはなえて(始めて)、途中、川筋をずうっと通って帰りよったら、行きにゃぁ何もなかったのに、道の真ん中に、大きな岩がまくれとった。ここには、岩はなかったはずだが、思うて、その岩を踏んだら、そしたら、岩が、宙にころっとまくれて、逃げてしもうた。
ありゃ、こりゃぁ狐がせびらかす(からかう)な、と思いはなえた(はじめた)。
その岩が逃げてからまた、道を行きよったら、木のかくいが道にあったもんでけつまづいて、不調法に、手を着いた。塩さば二匹ほどこうて(買って)手に握って、いに(帰り)よったところが、いんでみりゃぁ、大根を二本ほど手に持っとった。手を着いた時分に、狐に握りかえさせられた。
それでもまだ、家にいぬるまじゃぁ(家に帰るまでは)、狐がだましよるちゅうことはわかっておったが、宙に(完全には)わからんこぅおった。いんではじめて、ようわかった。
「おのれ、だましゃがるけぇ、ひとつ狐をとっちゃろう」ちゅうことになった。そいから、といが谷、あなが谷、ちゃちゃが谷、この三つの谷にもってって、罠をかけた。罠をかけるにゃぁ、ねずみの油揚げをこしらえて、それを餌にして、かけりゃぁ、一番ようかかる。ねずみの油揚げをこしらえて、罠をみどころ(三箇所)へかけといた。
そしたら、夕方に男がひょっこり、一人でやってきて、
「庄屋さんから、わしは来たんだが。そいだが、明日のあさまには(朝には)、あんたに庄屋さんとこに、来てもらいたい」いうた。
「何事だろうか」
「わしもよう知らんが、おおかた、あんた狐を取るために罠をかけたろう。それだと思う」
「庄屋さんに呼ばれたとは困ったことだ」
「そりゃぁ、わしがえしこに、ごえを言うたげりゃぁ(上手にわけを話せば)、逃れられることはある。それにゃぁ、罠をはずしたがよかろう。
それで、罠は一応持ってでるもんだけぇ、えさは、そのまま、あこへ投げとけ。えさは、はずして、罠だけ、持って出りゃぁ、わしが頼んだげるけぇ」
それから、昔はまあ、お使いにみやげをしよったんで(お使いの人にお土産を渡していたので)、そのお使いに、豆絞りの手ぬぐいをやった。
「そいじゃぁ、今夜すぐに、はずしときんさらにゃぁ、だめだけぇ」いうもんで、
「そんなら、はずそう」いうた。
それから、今のお使いは庄屋さんとこへ帰る。今の話が宵の口だけぇ、まだ早かったが、いろんな話をしたりするうちに、男が罠を外しに出たときにゃぁ、だいぶ夜がふけとった。
ところが、あなが谷とちゃちゃが谷ほどは、正直に行って罠をはずいて、餌はそこへ投げといた。まぁ、そこまでは、えかったんだが、といが谷いうが、一番とおうもあるし、夜が明けそうになったし、疲りゃぁしたし、少し寝て、あさとう(朝早く)はずしゃぁ、せやあるまぁけぇ(大丈夫だろう)、思うて、男は家へいんで寝た。
寝たところが寝過ごして、それから、といが谷に罠を外しに行った。行ってみりゃぁ、狐が豆絞りの手ぬぐいで、ほおかぶりして、罠へかかっとる。さきのほうじゃぁ、餌がはずしてあるけぇ、狐はみな、もろうて食うた。三つ目も、外してあると思うたんだが、しまいのぶんが、罠から餌をはずさんこうおったもんで、それで、罠にひっかかってしもうた。男は狐を捕って食うた。
その時分から男の家は狐屋敷いうようになったそうだ。
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昔、侍が、山道を夏の暑い日にどんどんいきよった。水を飲もう思うても、水はなし、しっくはっく(四苦八苦)で行ったところに、家が一軒あった。のぞいてみるとばあさんが一人おった。
そのばあさんに、
「なんと水を飲ましてくれんか。のどが渇いてやれん」
まぁ、そこで水をよばれた。そしたら、
「だんなさん腹がへったろう」いうて、団子を持ってってくれた。
「こりゃぁうまい」いうて、団子をよばれた。
したところが、ばあさんがいうことにゃぁ、
「わしゃぁ、今からじいさんの法事をしようと思うだが、寺まで遠いで、行くことができん。あんたひとつお経をあげてやんさらんか」ちゅうて侍に頼んだ。
さぁて、侍は困ったもんだで
「お経というものは、聞いたことは多少はあるんだが、読んだことやなんか全然ないに、お経を読んでくれいうてもなぁ」
「いや、お侍さんなら、お経ぐらい知らんようなものはおらん。まぁとにかく、頼むけぇ」
ま、しかたぁなしに、仏壇の前へ座って、
「何をいうたんだろうかなぁ(何をいえばいいんだろうか)」と思っとったところが、まぁ口からでまかせで、
「だんごのにおいがぷんぷんします
せんこうの煙がふわぁりふわりと
ろうそくの火があかあかと」
いうて、やったそうな。
ところが、仏壇の中にねずみが、ちょろちょろぅっと出てきたんで、
「なにやらひとつ、ちょろぅりちょろり」いうたら、ねずみが、ちょろちょろぅっと逃げた。
今度は、ちがうのがちょろちょろぅっと出てきたんで
「今度は、ちがうのが来て、ちょろぅりちょろり」いうた。
それがまた逃げて、今度は二つ、ちょろちょろぅっと出てきたんで、
「今度は、ふたぁつ出てきて、ちょろぅりちょろり」いうて、やった。
それから、ま、侍はそのまま
「やぁれやれ、これでまぁ一安心」というて、ばあさんところから逃げた。
それからばあさんはそれを聞いて覚えておって、まぁ今のくらいのお経ならわしでも読める思うて、仏壇の前へ座って、毎晩毎晩
「せんこうの煙がふわぁりふわり」やりよった。
したところが、ある晩泥棒が二人やってきた。一人が先行って、障子の破れからのぞいて、
「おぅ、ばあさんが一人じゃないか。こりゃぁ、泥棒にはいるにゃぁいい家だな」思うて、みよったところが、ばあさんが
「なにやらひとつ、ちょろぅりちょろり」いうた。
「ばあさん、おかしいことを言うで、お前行ってみぃ」いうて、次のが行ったら
「今度は、ちがうのが来て、ちょろぅりちょろり」いうて言うとる。
「ばあさんおかしいことを言う。まぁ、ちょっときてみぃや」いうて、二人でみよったら、
「今度は、ふたぁつ出てきて、ちょろぅりちょろり」いうとる。
それで泥棒はたまげてしもぅた。
「こりゃぁ、ばあさんはつうりき(神通力)でも、さげとる(持っている)んだろう。わしらが来たのが、みなわかっとる」いうて、なにも取らんで逃げてしもうた。
昔からのぅ、『いわしの頭でも信心から』いうて、一心にやれば、ばあさんのああいうお経でも泥棒を退治する力があるということを聞いとるがの。
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えんこう状いうものは、それを持ってったものが向こうで捕らまえられるように書いてあるんだ。昔は、役人が心安うしておるのを捕らまえるのがやだけぇ、
「ちょっこし、お前は、あこへ、この手紙を持って行ってくれりゃぁせんか」いうて、状をかいてやる。向こうで、それを持ってったものが
「どがぁなかいなぁ」ちゅうと、
「ちょっこり待ってくれ。まんだ、ようわからん」とか「返事を書こう思うけぇ」とかいうて、そがぁして、えっと待たしといて、
「いや、手紙にこうこう、こういうことがあるけぇ、お前、ちょっこり、いなれん(帰られん)けぇ。まぁ、待て」いうて、捕らまえた。
それが、その捕らまえる人に持たする手紙がえんこう状ちゅぅものだ。
昔、えんこうが人を千人取りゃぁ、えんこうの王さんになるような時にゃぁ、えんこうがこれを使いよった。男がある堤(ため池)のところを通りよったら、だれかが
「ちょっこり(ちょっと)、お前はすまんが、どこどこの堤のところを通るようなら、この手紙を「『こりゃぁ、あこの堤からこれを送ったけぇ』いうて、その堤へ投げ込んでくれ」いうたげな。
「いや、そうすりゃぁ、そがぁしょうかい」ちゅうて、そのかぁたもの(書いたもの)を預かった。
そいから、もちっと行きゃぁ、あこへ行くちゅうとこで、坊さんと出合うた。その坊さんが
「お前、なんだら顔色が悪いが、何ず(何か)変わったことはないか」
「いいんや、何だし(何にも)、変ったことはない」
「いいんや。あがぁ言うな。何ず、変ったことがあったに違いない。そっちは顔色が悪いけぇ」
「いや、別に言うこたぁない。わしゃぁ、こがぁこがぁの手紙を預かっただけだ」
「そんなら、そりょを出ぁてみぃ」いうて、手紙をみた。
「こりゃぁ、お前、こりゃぁえんこう状で。
『今、九百九十九人まで、取ったが、もう一人で千人になる。千人になりゃぁ、えんこうの王さんになるけぇ』いうて、これへ書いてある。
そいで、お前、この先の堤へいって、
『こりゃぁ、あこの堤から、これを送ったけぇ』いうて、手紙を投げりゃぁ、えんこうに、(肝を)取られる。お前やぁ千人目になる。
そいだけぇ、この先の堤を通るときにゃぁ、この手紙を石につないで、遠くから、スポーンと投げて、早う逃げぇ」いうた。
「まぁ、何でも、よう教えちゃんさった」いうて、行ったら、その堤の手前へ、お地蔵さんが、おれた。
ひょっと見たらなぁ、お地蔵さんと今のお坊さんの顔が同じようなった(同じようだった)。
「やれやれ、このお地蔵さんに助けてもろうたんかい」思うて、お礼をいうて、手紙を石につないで、遠くから、スポーンと投げて、早う逃げた。そいでえんこうに取られざった。
そういうのがえんこう状ちゅうもんだ。ありゃぁどがぁたらいう池だが。
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ある日のこと、男が隣の村から帰りがけに、日が暮れて、こりゃぁまた、化かされにゃぁええが、思い思い山道を帰りよった。
ところが向こうから、おじいさんが親切に
「あんたどこへ行きんさったか。まぁ、はよう、帰んさいよ。この辺にゃぁ狐がおるけぇ」
「へぇ、へぇ、はよう帰りましょう」
で、どんどん帰りよった。なんぼう行っても行っても、なかなか帰れん。
「ほんなぁ、うちはもう、とうに帰っとらにゃぁならんはずだが、どうしてかいなぁ。なかなかうちに帰れんが」
そうしたら、さっきのおじいさんが親切そうに、
「あんたまだ、こんなところにおりんさったか。わしが連れていってあげよう。へいから、まぁうちへ寄って、いっとき休んで、たばこにして(休んで)帰りんさい」
二人ちろうて、いきよったら、いつのまにかおじいさんがおらんようになって、向こうから別嬪さんが来る。
この暗いのに、別嬪さんが、ここを通ることはないから、あいつはどうでも狐が化けとるにちがいなかろう思うて、出会いがしらに、男は
「お前は狐だろう。わしゃぁ、お前のようなものにゃぁ、化かされんぞ」いうたら、
「いや、あなたのような人のことを化かすちゅうのは、私どもにゃ、手にあわん。手にあわんが、これから人を化かしてみせたげるけぇ、わたしについてきんさい」というので、
「そんなら、ついていってみちゃろう」
どんどん、ついていったら小さい家があった。家の中にばあさんが一人おった。
「わたしが、今からあのばあさんにこれを食べさしてみしょう」いうて、馬の糞を拾った。
「ここに、節穴があるけぇ、そこへ覗いてみとりんさい」
その別嬪さんが言うんもんだけぇ、その男は、節穴から覗いてみとった。別嬪さんが風呂敷から、馬の糞を出してやると、ばあさんは
「そりゃぁ、ありがたい」いうて、食べかける。
「あんなん、食べるが、食べるが」思うて、節穴から見とったら、
「おい、どがぁしたか」いうて、後ろから、背なを叩くもんがおる。
男が気がついてみりゃぁ、木のかくい(切り株)にさばって(すがりついて)おった。だれが背なを叩いたのかもわからん。
夜が明けても男が家に戻らん。村中のものが山の中を探して歩いただが、どがぁしてもみつからん。そいから、今度二三年経って、その息子か誰かが山へ行ったら、その男が白骨になって木に寄りかかってたっておった。「あっ」と思うたら、その白骨ががらがらって崩れたっていうことを聞いたことがあるが、ほんとうにあった話だかどうだか、わしゃぁ、知らん。
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あの頃は、この辺では毎晩風呂に入るようなことはせんけぇ、湯を沸かして、大きな桶で体をゆすいだりしよった。
私の家から、三軒目の家なんだが、そこのおじいさんが、まあおじいさんゆうても、まだ若い人だったんだが、夕方仕事が終わって、湯をつこうて体をきれいにしよったんだが、おらんようになった。どこへ行っただやら、いっそ、わからん。
「こりゃぁ、困ったことじゃ。狐が連れて逃げたんじゃろう」
「お~、こりゃ、出んがらが、出んがらが(出て来い)。出や、出や、出んがらがぁ」いうて、どなって、捜して歩いた。
そうしたところが、捜してもどうしてもおらん。それで時期を待って、だんだん捜すことにしよういうて、算段しよった(相談していた)ところへ、おじいさんがひょっこり帰ってきた。
「あれ、あんたぁ、どこへ行っとったんか」
「いや、実は友達が『ちょっと、あんた、こっち来い、こっち来い』いうて、呼んだけぇ、誘われてついていった」
おじいさんのいうことにゃ、昔のかんな(鉄穴)を流した溝(『鉄穴ながし』をするために水を流した溝)があって、その溝の中に低うなって隠れとった。
「その友達が『今人が来たけぇ、こもう(小さく)なっとれ、こもうなっとれ、立っちゃぁいけん』いうけぇ、わしを捜しんさるは、わかっとったが、その溝に引っ込んどった。
それから、しばらくしてその友達がおらんようになったんで、戻ってきた」ちゅうた。
私が小さい頃は、その溝がまだあったけぇの。
そのおじいさんが、これも若かった頃の話しだが、あるとき、町でいりこを買(こ)うて、風呂敷に入れて、背負うてからに、宵の口に出発して、山道を帰り始めた、まぁ、何事もなう家へ帰ってみると、灯りがついとらん、
「おい、戻ったぞ」いうたら、奥さんが
「今まで、何しとったんか」
「何しとったんだ言うたけて、今戻ったんじゃぁなぁか。はよぅ戻ったろうが」
「はよぅ戻ったも、ありゃぁせんじゃなぁか。今、夜中じゃなぁか」
「ばかなことをいうな。町を出たのが、夕方、八時ころだけぇ、何ぼゆうに歩いても、十時にゃぁ、戻らぁや。馬鹿なことをいうな」
ところが、おじいさんが家へかえりんさったんは、明け方だった。着物をみりゃぁ、いっぱい破っとるんだげなけぇ、山ん中を、あっちこっち、歩きんさったんだろう思う。そいで、おじいさんが風呂敷を下ろして、
「そこへ、風呂敷を見ぃや、いりこが買(こ)うて戻ってあるけぇ」
「いりこを買(か)いんさったかや」
「おう、買(こ)うたるよ」
「何もありゃぁせん」
「ばかぁ、いうな、あらぁの(あるはずだ)。そがぁの、何にもなぁものを、わしゃぁ銭を出して買やぁせん。そいだけぇ、まいちど(もう一度)、のけてみぃや」いうても、見ても何にもありゃぁせん。
その時になんだぁな、狐にやられただろう思うがなぁ。
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