目次

 

旅学問狼を諭した話和尚と小僧

 

旅学問

 

 馬鹿な息子が、まぁ、ばかいうてもまぁ、知恵足らずの息子が家に生まれたで、かわいそうなんだが、このものに、家を継がさにゃならん。ひとり立ちの人間になってくれにゃいけんだが思うて、お父さんなり、お母さんなりが非常に心配したんだが。そがぁいうてもまぁ、知恵が遅れとるいうても、たいがい(だいたい、おおよそ)普通に(普通の人のように)しとらにゃいけんけぇのぉ。

 昔から、『かわいい子には、旅をさせろ』ともいうけ、旅をさして、物事をなろうてこいや、ちゅうようなことになった。そんならそがぁしょう、いうことで、息子は旅に出たんだ。そしたところが、どこまで旅して行ったか知らんだがまぁ、いろいろな知恵を(なろ)うた。いろんなことに出合うた。

 

 

 まぁ、どんどん行きよると、お坊さんと出合うた。お坊さんが家の門(かど)でお経をよみんさる。お経をよみんさりゃ、最後に『なんたらかんたら、しょけいほう、なんたらかんたら、しょけいほう』いう言葉を使いんさる。

 それだで、『しょけいほう』いうこというたら、お経がすむ。そうするとその家から、何か、木皿(きざら)へお米を入れるとか、お金を入れるとかして、お礼の心持をだしんさる。そうするとそのお坊さんは、『ありがとうございました』いうてそれを自分のさげ袋へ入れんさる。最後にまた『しょけいほう』言いんさる。

 そうするとそのばかな息子が習うたことには、

『ははぁ、ものをやんさい。ものをもらうことは、しょけいほう、いうことが大切だな』いうことを一つ覚えた。

 

 そして、またどんどんどんどん行きよったところが、まぁ、なんだな。どこかで、家に法事を務めんさるいうことで、朱の膳とか、朱の椀とかちゅうのをえっとだして、女中し(女の人たち)が、洗いよった。

 赤いものを、色のついた赤いものを、『これは朱膳(あかぜん)だ、朱椀(あかわん)だ』いうて、いよった。『赤いものは、朱膳とか、朱椀とか言うだな』いうことを、ひとつその馬鹿が習うた。

 

 それから、また行くうちに、この、なんだな、江戸へ上(のぼ)るのを、上向(じょうこう)という。それから、江戸から下(くだ)って自分のうちへ帰るのを下向(げこう)だいうことを習うた。

 それで、『のぼる』いうことは上向、『くだる』いうことは下向だ、いうことを習うて、まずまぁ、大分何やかや習うた。

 

 そのうちに石屋の(かど、前)を通ったところが、大きな石を、その人夫の人が、脇へ運ぶのに、『ワッショ、ワッショ、ヨッシャ、ヨッシャ、ワッショ、ヨッシャ、ワッショ、ヨッシャ』いうて、かつぐところに出合うた。『ははぁ、石というものは、ワッショ、ヨッシャ、ワッショ、ヨッシャ、いうものだな』いう意味に習うた。

 

 それでだ、『まずその、大分(だいぶ)えっと習うたけ、わしはいぬる(帰る)』いうて、それからその馬鹿な息子は、自分のうちへ帰ったところが、お父さんやお母さんが

「おお、長年の修行をつめて、だいしょう(多少は)偉うなってくれたんか。そりゃ、うれしかろう。ようもどってくれた」いうて、喜んだりねぎろうたりした。

 たまたま秋の時候だったんだろう。そのお父さんのいうことにゃ、

「ようもどったけ。お前ご苦労だったけ。こっちは、柿がえっとなったけ、柿を一つ取ってお前に食わしょう思う」ちゅうて、そのお父さんが、柿の木に登った。柿の木に登って、柿をたくさん取った。

 ところが、登るときには、まげに(上手に、器用に)登ったが、降りるときには、あまり急いだもんだけ、落ちた。石が下にあったけぇ、石の上へ落ちよった。ぺちゃんこで、蛙を道にたたきつけたように、ひらごうに(平たく)なって、べったりして、どうもこうも、ええせんこうおった。血だらけになって、どがぁもならせん。

「はよ、お医者へ行け。隣のおじさんにお願いして、早うお医者に来てもらうように、お願いしようや」いうことで、何したところが、その馬鹿のぶん(分、奴)

「ああ、わし行く。わし行く。わしがお医者さん迎いに行ってあげる」

「いや、お前は、つまらせん。隣のおじさんにお願いせにゃぁ」

「いやいや、わしゃぁ、諸国修行してもどったんだけぇ。あの、何をいうも、ようわかっとる。はよ、医者さん迎い行く」いうもんだけ。

「ほなら、お前そがしてくれよ。お前、習うてもどったんなら、そがぁしてくれ」いうていうた。

 

 馬鹿息子はお医者さんのうちに行った。ところがお医者さんのうちに行って、いうた時にゃ、

「親父が柿の木に上向(じょうこう)して下向(げこう)して、ワッショ、ヨッシャのぺちゃんこ。朱膳、朱椀がいっぱい出たんで、薬いっぷくしょけいほう」いうことを言うたんだ。

 お医者さんの方は、いっそ(さっぱり)わからんのや。何言うんだら、わけがわからん。それだで、まぁ、お医者さんもやっぱり察してわかったんだな。

「『上向』いうたんだけ、のぼるいうことだろう。『下向』いうたんけ、おりるいうことだろう。それから、『ワッショ、ヨッシャのぺちゃんこ』とは何のことだろうかの」

「重いものを運ぶときにゃぁ、『ワッショ、ヨッシャ』と言う。重いものといえば石かも知れん。そのものは、石を『ワッショ、ヨッシャ』となろうたんじゃろう。

 それで、『薬いっぷくしょけいほう』いうこたぁ、さきほどいた坊さんが、しょけいほういやぁ、わしらが、何か出してあげただけぇ、『しょけいほう』いやぁ、何かくださいいう意味に言うたんだろう。

 『朱膳、朱椀がいっぱい』ということは、朱膳、朱椀のように赤い血がいっぱい出たということだろう。そがぁだけぇ、どがぁもならんけぇ、薬いっぱいひとつやんさい意味にいうたんだろう」

「ははぁ、すると、『親父が柿の木に登って、降りるときに、滑って石の上に落ちて、ひらごうなって、赤い血がいっぱいでて、どうもこうもならんけぇ、薬をいっぷく、処方してください』という意味で、いうたんだろう」というた。それからお医者さんは

「薬、これ、はよ持っていってつけてやれ、はよ持っていって飲ましてやれ」というた。

 それから、それをもろうて、帰って、これをはよう飲ましてやったり、つけてやったりしたもんで、親父が助かった。

 

 まぁ、これは、これは、馬鹿を修行させてよかったのう。

(目次へ戻る

 

 

狼を諭した話

 

 昔、中野にどうたら(なんとか)いう家があって、そこのじいさんが、八幡(はちまん)(地図)に親戚があるで、そこへ行って、晩に暗(くろ)うなって、山ん中を戻りよった。

 すると後ろから何か、けもののようなものが肩へ、ぱっと抱きついてきた。それがどうも狼らしいというので、その前足を、肩へかかったのを、ひっつかまえて、狼ののどへ、頭をつきあげて、

「お前は狼だが、にわとりゅぅ(鶏を)とったり、人を食うたり、いろいろ悪さぁするが、これ限り、そういう悪いことをするのをやめりゃぁ、命だけは助けてやるが」いうた。

 ところが本人のほうじゃ、こっちが助けてもらいたいくらいな気持ちで、狼のくびゅう(首を)頭へひっつけて、そいから両足を前へ引っ張って、そいで、結局、一里(約4キロ)ぐらいの所を、そういう話を狼に話す話す帰ったそうな。

 

 そいで、帰っても狼は何ともいわん。まあ、ぐったりしとったそうだ。

 それで、昔は門先(かどさき)にぞうりを作ったり、わらをたたくのに使う『わらたたき石』いうのが、あったんだが、その「わらたたき石」の上へ、狼を下ろして、そこにあった『わらたたきづち』を持って、

「お前、今からわりぃことを(悪いことを)するようならこれで一つ、頭あたたき殺したるが、どがぁなか」というた。

 ところが、狼が涙をこぼして、うんともすんともいやぁせんが、涙をこぼしたから、まぁ、これから先はやらんだろうということで放してやったら、よろよろとして、逃げていった。

 それから後は、狼がでんようになった、悪さをせんようになったそうだ。

(目次へ戻る

 

 

和尚と小僧

 

 和尚さんが、小僧さんに留守番を頼んで出るのに、

「こりゃぁ、おこう剃(ぞ)りだけえなぁ、絶対見るんじゃなぁで」いうて言うた。

そがぁ言われりゃぁ、ますます見とうなって、中を見たら、鮎が包んであった。

 おこうぞりいうのは剃刀のことをいうけぇな。お寺さんが死んだ人の頭に、ちょっと剃刀を当てるんだが、それをおこうぞりをいただくいうんだけぇ。

 そいから、あるとき、和尚さんについて檀家の法事へ行きよった。川まできたら、下に鮎がいっぱい泳いどる。

「和尚さん、和尚さん。あすこにおこうぞりがたくさんおります」

「だまっとれ。見たものは見捨て、聞いたものは聞き捨てにせぇ」いうて、和尚さんが言いんさった。

 そいから、しばらくしたら、風が吹いて、和尚さんの帽子が飛んだ。和尚さんが帽子がない言うたもんで、小僧が、

「ありゃぁ、さっき風が吹いて、和尚さんの帽子が飛んだが、和尚さんは、見たものは見捨て、聞いたものは聞き捨て、言いんさったけぇ、黙っとりました」

「ばかが、すぐ拾うてこい。これから落ちたものは、みな拾うとくんだ」

 それから、しばらくして

「寒うなったから、帽子をくれ」いうて言いんさった。

 そいから帽子の中をみると、中に馬の糞がいっぱいはいっとる。

「こりゃあ、何した」

「和尚さんが上から落ちたものは、みな拾うとけぇ言いんさったから、拾いました」いうて小僧さんが言うた。

 

 

 また、あるとき、和尚さんが法要に行くにのう、小僧さんに言うた。

「わしゃ、法要に行くけぇ、わりゃ、あの、なんだけぇの、この壷にゃぁ、毒がはいっとるけぇ、食うちゃぁいけんけぇ、仏さんへ供えとく」いうて出かけた。

 和尚さんが、出かけたもんで、小僧さんがふたを開けてみりゃぁ、中に飴がはいっとる。みな食うちゃろ思うて、みな食うた。和尚さんが帰りんさったら、小僧が

「ありゃぁ、ごいんげさんが、ああ言いんさったが、わしゃ、あんまり勤めがしわぁけぇ(つらいので)、死のう思うて、壷の中のものを食うたが、死なれで、とうとうみな食うてしもうた」いうて言うたそうだ。

 

 和尚さんが煮豆が好きなんだそうだが、小僧さんにはなかなか煮豆をかして(たべさせて)ごせん(くれない)。それで、小僧さんが、

「和尚さん、煮豆を二つぶずつ一緒にたべんさい。わたしゃぁ一粒ずつ食べるけぇ」

 和尚さんは、ふたつぶずつならわしが倍食べられるけぇ、よかろう思うたが、なかなか箸でふたつぶ一緒にはつまめん。和尚さんが、難儀しとる間に、小僧さんは一粒ずつ、ちょっ、ちょっ、ちょっと食べて、とうとう全部たべてしもうた。

 

 小僧さんは「あつ」いう名前をつけてもろうとった。あるとき、和尚さんが、餅を焼いて食べるのに、「あつ、あつ」いうて食べよったんよな。小僧さんの名前が「あつ」だけぇ、

「和尚さん、お呼びですか」言うた。

「いや、呼んじゃおらん」

「今、『あつ、あつ』言いなさったじゃなぁか」言うた。ほで、小僧さんは、餅をもろうて食った。今度は、和尚さんが、

「あっち、ひっこんどれ。おまえ、絶対くるんじゃぁなぁ」いうて、餅を焼いた。

 そしたら、こんだぁ(今度は)小僧さんが、寺の天井の上へ上がってなぁ、天井のふしめから、針金をつるして、和尚さんが焼けた(焼きなさった)餅を、ひっぱりあげちゃぁ、天井裏で食いよった。和尚さんが、

「どうもおかしい。こがぁに、わしゃ、餅を食べたはざぁない(はずはない)が」

 小僧さんは、こんだぁ、「あつ、あつ」いわんで、黙って、取って食べた。

 

 和尚さんはこりゃぁ小僧にせしめられたなと、思うて、あくる日には、餅を糸でつないで、鍋に入れて煮た。糸の片方は、大きな輪を作って、それを自分の首にかけて、餅が煮えあがるまで、上半身裸で、背中をあぶりよった。

 それを小僧さんは見よった。こんだぁ、天井から針金で吊り上げよう思や、首に糸がひかかるけぇ、すぐにわかる。小僧さんは、こりゃぁ食べられん思うて、軒先にさげたった半鐘をたたきはないた(始めた)

「さぁ、火事だ、火事だ、火事だ」いうて鳴らいた。

「和尚さん火事ですよ、和尚さん火事ですよ、和尚さん火事ですよ」いうて、しきりに、大きな声で、小僧さんが叫んだ。

 和尚さんは

「はあ、はあ、はあ、火事はどこだ、どこだ、どこだ。小僧、どこだ、どこだ、どこかや」

 和尚さんは上半身裸で飛び出した。首には糸がひっかけてある、糸の先にゃぁ煮えた餅がついとる。

「和尚さん、和尚さん、あんたの背中が火事だぁ」いうて言うた。

 煮えたった餅が和尚さんの背中に、ひっついとったんだな。そりゃぁ、そりゃぁ、まぁあつかったろう。

 

 和尚さんが毎晩、なんだら、がたがたして、それが小僧さんがためにゃぁ、不思議でかなわん。和尚さんは何をしんさるだろうかぁ、思うて

「和尚さん、和尚さん、あなた晩に、わしが寝てから、がたがたしんさる。ありゃぁ、何かな」いうても、いうても

「いや、ありゃ、あのう、ありゃぁ恐ろしい。出されるものじゃぁない。出あてみりゃぁ、恐ろしゅうて、恐ろしゅうて、お前やれんけぇ、ちょっとありゃぁ、のぞいて見るじゃぁない」言うて、和尚さんが言うとんさった。

 そいから、まぁ、和尚さんがそがいに、いえるけぇ、よけい不思議でやれん。のぞいて見とうてやれんけぇ、和尚さんがおられん時にのぞいてみりゃぁ、なんのこたぁない、ちゃんと甘酒が作ってあった。

 小僧さんはこりゃぁ、いいものを見つけた思うて、和尚さんに内緒じゃぁ、甘酒をいっつも、自分で飲みよった。あるとき、和尚さんが飲もう思うたんだが、いっそない。小僧さんに

「おまやぁ、あれをみやせんいうたが、見ただろう」

「いいや、見やぁしません」

「いいや、見た見た。いっそない」和尚さんが言いなさったけぇ、

「いやいや、和尚さんは、ありゃぁ、恐ろしゅうて、恐ろしゅうて、やれんけえ、のぞいて見るもんじゃあなぁ、いんさったけぇ、わしゃぁ、みな川へながいて(流して)しまいましたぁ」いうて、小僧さんが言うた。

 自分が飲んだたぁ、いわんだけぇ、和尚さんも、どがぁもいわれん。

 

 しごにならん(悪賢い)小僧さんにおうちゃ、(打つ)手がないけぇの。

(目次へ戻る